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8年ぶりの南海汐見橋線へ~その2 [街人鉄写真]

南大阪のディープな気分に包まれて、4月6日の南海汐見橋線歩きの続きです。72B25120-4069-409C-87B8-1D25210BC36E.jpeg
(1)
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西天下茶屋駅手前の踏切がまたエエ感じです。ここで久々の隙間電車&尾根遺産電車~E1B681DF-6813-4FD0-9E7E-3320B6CD2DE4.jpeg(3)後輩曰く、右端のホルモン屋さんがTVの街歩き番組に登場して「南海電車が無くなったら?」と聞かれて「ぜーんぜん困りまへん」と答えてたそうです(爆)。
なんて話しながら、アーケード商店街に吸い込まれてしまいました。1559DE52-2A93-42EC-9B52-CA054BAD1A33.jpeg
(4・5)その名も銀座商店街!○○銀座、じゃないのもスゴイです。97BE19EC-3788-4BB1-92C8-4F92929A2FF5.jpeg神戸にいても、トアロードじゃなく春日野道商店街に入り浸る2人には「こりゃタマラン」です~
食後の珈琲はこちらのお店でいただきました。6AC95AA1-1CEE-4741-90EB-9D11234D12DD.jpeg
(6)「フォーミラー」は多分「フォーミュラー」のことかと・・・

春日野道のこれ↓と同じく確信犯ですね(爆)EA0C9380-4A73-48AD-AA24-CC892D715E69.jpeg(7)

76BBB552-3F55-4FAF-A6E9-C74F39C76A1B.jpeg(8)意外に(失礼)美味い珈琲のあとは、南海風駅舎の方へ、この街並みがまたシブい・・933ECA1B-8DEA-4C3B-B618-BBC1AC459F6D.jpeg)ティールーム「カガシ」も昔のまま

84480557-D5D1-484A-94A6-9373A6D8F1CA.jpeg(10)この駅舎ももちろんエエんですけど、こちらの踏切風景もエエ感じです。BA788247-ADC6-453C-9EEE-EFE81F02FAA3.jpeg
(11・12)
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30分に1本しか来ないけど、お電車のアップなんか撮らない(こらこら)のはいつもの通り。
南海小顔がよく似合う風景です。
E2B053F3-4D99-43E1-A28B-22D86611C68C.jpeg(13)

高校生からの関西私鉄好きCedarですが、実は南海にはあまり興味が無かったんです。サブロクゲージってのが最大の理由ですが、最近になって、じわじわと南海独特の雰囲気、特に沿線の街のムードが気になってきました。
あとは南海本線のコレとか・・(またかよ)
20180429125605IMG_8467-4.jpg(14=2017年撮)

そういう意味では、昔の南海らしさが横溢してる(気がする)この沿線はタマランです。9B516EE5-429A-42E1-8EDF-EC35A93E76B3.jpeg60F9575C-D4EA-4B79-BBE8-8912E67E6590.jpeg(15・16)ちょいと切れちゃってますが、下りホームの方面標示が「橋本・高野山」になってるのも、元々は大阪高野鉄道の本線だった証=高野線の起点は今も汐見橋でしたっけ?


D95BC012-786B-4053-9A71-839A11335930.jpeg(17)この時気がつきましたが、カプラーがペコちゃん→なのがエエです。


そんなこんなで汐見橋線、近いうちまた行こうかな?

・・・実は今回記事写真(2・9)は8年前に撮ったもの、店も街並みも全く変わってない風景なので「今写真」としてしれっと使ってみました。

ではまた。



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8年ぶりの南海汐見橋線へ~ [鉄分交友]

まだ桜が満開だった4月6日土曜日、神戸から久しぶりに南オーサカへ。4CD1EE12-45A7-4207-8AA7-BF5D6089138E.jpeg(1)隠れ家最寄りの阪神青木駅から、尼崎乗り換えでェB5EB1615-0ACD-4151-B91B-14C97DE801C6.jpeg(2)鬼線路にジェットカーがぁ~

阪神なんば線桜川で降りましてェ

0DAF0115-CC65-48E5-8392-D3AAE87718F7.jpeg(3)やってきたのは南海汐見橋駅。前回来た2016年には消えていた改札口上の観光案内図が復元されてたのは喜ばしいけど、この外装イラストはなんじゃいな???
036084C4-308D-49C1-A034-263179FE34AE.jpeg(4)猫好きCedarですが、コレはねえ。BF0457B4-6600-49E1-80CC-3CF326CA5D43.jpeg(5)

今回の同行者は神戸生まれの在住後輩=一応阪神間ぼんぼんの成れの果て(爆)なんで、鉄のくせにここはヴァ―ジンだそうで。
お電車到着したのでいそいそと入場・・
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(6・7)本屋の外観以外は、ホーム上屋も架線柱も・・
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(8・9)お電車も車止めも、8年前となんら変わっていない・・・
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年期の入ったホームと木枕木・・・3ECD7839-B3DB-4C90-8E55-8BE24FA7BCD9.jpeg(10)まさに時が止まってる=投資してないってことですね。

B7353014-3B14-4286-BDBE-93A074D8C031.jpeg(11)30分ヘッドの運転も変わらず=休日でもラッシュ時でも増減無し、終電22時台ってのも大都会のお電車とは思えない・・・

そんなエアポケットムードに痺れてる後輩とCedarをのせて発車、B7DD3F14-79C1-45A7-B89A-462EFFFC02E1.jpeg(12)各駅の上屋も古い木造ばかり、
1516C0B0-1822-4555-8604-CBDD3CB7BF8A.jpeg(13)続く木枕木と昭和スタイルの架線鉄柱・・被り付いてると南海グリーン+鉛丹屋根のお電車がやってきそうな気がします。

・・・実際には南海グリーンどころか、全線1運用なんですれ違うお電車は無し、末期の天王寺線や、しなの鉄道みたいに単線化されちゃわないか心配です。

シブいってか、寂れ切ってるってか、そんな沿線を走ることおよそ9分で岸里玉出着。45136255-E271-46A8-8339-DE6B31A3EBE9.jpeg(14)昭和42年に初めて来たときは、正面からくる南海線が地平で汐見橋線=高野線が斜めにオーバークロスしてた、なんて言っても今の人は信じないでしょうね、おっと同行者は鉄ですから知ってましたよ。

0851151A-2D82-4C63-B27F-166B40E0E42F.jpeg(15)駅前の食堂で、こんなランチ↑(なんと700円!)のあとは、
沿線唯一?のスポット、この渋~~~い跨線橋へ。
12233B42-D85E-4ABF-9020-890C77DC427E.jpeg(16・17)D346C544-ECC8-4531-A650-E9EEC52FF163.jpeg
ちょうど咲いてた線路沿いの桜を入れて、こんなのも。58F5D4F7-0243-4453-BF45-2408394F0AA2.jpeg(18)今年初の桜鉄写真がコレでした、場所は西成ですが何か。
F2DF626E-0E78-45AA-8402-59DB4ED32327.jpeg(19)そして、次駅西天下茶屋に向かって、ぶらぶら歩いていきました。06BA81BD-91D4-4D13-9DB3-8EB871901A67.jpeg(20)そして、似非神戸市民Cedarも阪神間ぼんぼん後輩も、どんどんディープな雰囲気に包まれていくのでした。(続きます)

ではまた。



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昭和なバス停散歩 [非鉄な話題ですみません。]

桜は葉桜になりましたが陽気が良くなり、お江戸でもあちこち徘徊したくなってるCedarです。
困るのは「鉄」なお目当てが減ってること、だから非鉄な散歩が増えちゃう・・・E05AAAD6-EB60-4BDB-B43C-768E5D2E93A8.jpeg(1)たまに撮ってもこんなので…
だから(爆)今回は唐突に話変わります。Cedarがガキの頃に「水道完備ガス見込み」というTVドラマがありまして、1960年から64年まで、NET(のちのテレ朝)でやっていました。
533EA053-0069-41F2-A5AD-616BB1602D79.jpeg(参考画像)
台本では見込み→見込なんですね。オンエアは昼の12:45~13:00で当然小学生は見られないのですが、主題歌がヒットしてそれはCedarも知っていました。
その主題歌の<松の根っこもかたずけて、バスも停まるよ神社前>っていう歌詞が記憶に残っているんです。
○○神社前でなく、「神社前」ってバス停があるのかな~って思ったものでした。

思ったもの=実際にありました(爆)4ADA0953-91D3-4189-816E-2BF8E4769F0A.jpeg
(2=2021年撮)まさかここが60年前のドラマの舞台?・・・んなはずはない。

鉄道の〇〇前ってのは、「著名なランドマーク+前」ってのが多いですが、バス停は「めちゃローカルなもの+前」ってのも多く、脱力系っていうか情報性に欠ける停留所名が、我が家近くにもいくつかあります。
今でこそ山の手の一角みたいな顔してる世田谷エリアですが、戦後10年くらいは畑や雑木林が広がる田舎でしたから、バス停の命名も古くからありそうな(別に有名じゃない)ものや、官公庁や公共施設(ネーミングライツなんてあり得なかった昭和では、私企業の施設が停留所名になるのは稀)があれば「よっしゃ!それ+前でいいじゃないか」てな感じで決まってたりして・・。
そんなこんなで、ご近所散歩エリアに残る昭和なバス停紹介。まずはこれ~5AEDF2C7-FC97-429A-90BC-7BF635D94E61.jpeg(3)そもそも電々アパートってのは、とっくになくなった電々公社の社宅のことでしょうが、NTTになって何年経ってんだ!76290B90-D3BB-4B26-9922-86C946C3B8BE.jpeg(4)ちなみにCedarが世田谷区民になった40年くらい前には、家の近くにやたらに「官舎」「社宅」がありましたね。(ウチの隣は国鉄の高級官舎でした)
今はずいぶん減って民間のマンションや敬老施設なんかになってますが、旧電々アパートは残ってるのかな?と思ったらさすが親方日の丸企業!結構棟数も多いんですね。
48878BAE-5A85-4C2D-91C0-B6053C9AB1ED.jpeg(5)画像の下にあるバス停マークが「電々アパート前」です。「NTTアパート前」に改称は・・しないよねえ。

次はこれです。
36427477-AC19-405B-9BEA-EFA5037E6CFB.jpeg(6)目黒と三軒茶屋を結ぶ系統にあります。住宅地に住宅前かよ!と突っ込みたくなるけど、きっと都営住宅とかがあった(今もある?)んでしょう。
6DAD792C-EC68-4B3D-A73F-F8AD3FCE689D.jpeg(7)初めて乗ったころとはバス停の場所が変わっていて、今は三軒茶屋から伸びる商店街の一角で停留所名と不釣り合いな雰囲気です。

同じ系統、住宅前の隣のバス停はこれ。607678DF-4E7C-453B-88A1-68D81E26C75E.jpeg(8)日大○○学部前でなく、ただの日大前ってのはどうよ?
620B6CCC-ABA9-4038-AFC5-00BA8A55DD89.jpeg(9)ここには日本大学危機管理学部、ってのがあるみたい(昨今の日大は危機管理能力低い感じですが)・・


この系統は、目黒通りを走る以外は祐天寺駅周辺はじめ住宅地の狭い道をクランク状に曲がって走り、乗ってて楽しい路線です。
BD7AD499-EB09-47E3-8D1D-916C8763B589.jpeg(10)祐天寺駅ロータリーに入る道もこの狭さ、バスも道幅に合わせて小柄なタイプです。
散歩ついでに沿道の隠れ家的なゴハン屋とかカフェを見つけて一服したりするのに便利で、先週の日曜日も乗ってきたばかりです。


そして次は少しエリア外、たま~に乗る小田急バスの二子玉川~調布駅の途中にあります。BF34ACF0-B499-4668-B58D-8515B7DD38CC.jpeg(11)○○地蔵ではなくただ地蔵前ってのも、昭和っぽいってか田舎っぽいってか9CDA8A86-AB70-4A06-9E71-8E4956120299.jpeg(12)バスが開通したころはあたり一面畑が広がってて、石の地蔵さんの前の砂利道を砂埃巻き上げてバスが行く、~なんて光景を思い浮かべますね。
ちなみにちょいと調べてみたら、地蔵前ってバス停があるわあるわ!AF58F803-0181-4DB0-B090-8C415CF5CE00.jpeg
3BFA1260-E561-43E3-BFB5-70F4D790F1BD.jpeg
(参考写真)バスが通う地方の主要道には、昔からお地蔵さんがあったのでしょうねえ。


そんな地蔵繋がりで、突然こんな歌を思い出したりして・・
「これこれ石の地蔵さん、西へ行くのはこっちかえ、黙っていては分からない~♪」(作詞=米山正夫)この意味のない歌詞が素晴らしい!!
AD80E1BD-079A-46F4-92B8-265221BD2B0F.jpeg(参考写真)
美空ひばりは「柔」とか「悲しい酒」よりも、こういう能天気ナンバーが断然いいですね!
お暇ならお聴きください→https://www.youtube.com/watch?v=-7i84H4Qhi0

おっと話が脱線(バスだから脱輪か)したついでに、念のため「水道完備ガス見込み」主題歌の歌詞も検索チェックしたら~ぬぁんと、バスも停まるよ神社前~のくだりが見つからないんです。B3A0748C-9280-4888-8B6E-CDDAD036E796.jpeg
(参考画像=WIKIより)
ちなみに歌はこれです→https://m.youtube.com/watch?v=JPX1bR1wRYU

メロディの記憶は合ってるし、そのメロディに合わせて記憶していたし・・・この記事のきっかけになった歌詞が見つからないなんて・・
Cedarの記憶が間違ってるのか?はたまた特別なロングヴァージョンが存在するのを聴いたのか?

いやはや、こうなるとまさしく瘋癲老人の妄想日記、じゃないですかあ!

ではまた。

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名残りの桜de隙間電車。 [昨今鉄写真]

お江戸の桜もお終い~ってぇことで、瘋癲老人Cedarも桜写真を・・
花散らしの春の嵐が吹き荒れた翌日の4月10日、散歩&ランチに世田谷線沿線へ。
花202406 435707805_7345232668897151_3027735807064297353_n.jpg(1)最近ランチすることが多い松陰神社電停近くに、こんな場所を見つけました。ちいさな児童公園に桜が一本、その向こうに世田谷線。
まずやってきたのは「たま電車」なるラッピングお電車の三軒茶屋行き。花202403 7344972518923166_4749776098765213558_n.jpg(2)沿線に招き猫で有名な豪徳寺があるのに因んでのラッピングなのは、皆さんもご存じですよね。
桜の枝の木陰に子供を遊ばせてるお母さんもいて、お背中越しにお電車を~なんて思ってたら、怪訝そうにこちらをうかがってる様子なので、それは止めときました・・(汗)
花202404 435505152_7344972908923127_6830660708403067282_n.jpg(3)すれ違いにやってきた下高井戸行きはラッピング無し~と言っても世田谷線の300形はステンレス車体に7色(?)のカラーラッピングなんですけどね。
花202405 435559983_7345232475563837_1444803345041931601_n.jpg(4)線路の反対側からも1枚。
やはり前日の嵐でだいぶ散ってましたが、ぱっと咲いてぱっと散るのが日本人好みの桜ですから、まあ仕方無い。
線路沿いに移動し、世田谷電停脇の踏切へ、花202408 IMG_3596.jpg(5)オレンジの309+桜=逆光+遠すぎ=撃沈!(爆)花202409 IMG_3597.jpg(6)
ここでは、行きがけの越後屋バスの車内から見えた円光院というお寺の桜とお電車を絡めて撮れそうです。
花202410 IMG_3588.jpg(7)
うららか上天気の桜の道で隙間電車、歩く人の表情も穏やかですね。
BGMはこれで→https://www.youtube.com/watch?v=He6q4SdZN00花202411  IMG_3617.jpg(8)この道が狭かったころには、お寺の境内に幼稚園児のための豆汽車があったんですが、道路拡張で消えてしまいました。若者君たちが歩いてるあたりが終点だったかな?

花202401 435479609_7344972452256506_4595946760420790057_n.jpg(9)

お電車来ると踏切下がる、クルマ停まるとお電車被る、ってんで案外フレーミングが難しい~はい、瘋癲老人なりには考えてるんです(爆)。花202402 435498916_7344973005589784_2196307027182980487_n.jpg(10)で、この構図に落ち着いたところでやってきたのは玉電復刻色バージョン。
これが撮れたので、桜de隙間電車は終了しました。

・・・・

なんだ、たったこれだけかい・・・なんせご近所散歩&ランチのついでだったんで。

ポキ丼435484108_7345232698897148_3268082960699839913_n.jpg(11)オマケ写真はこの日のランチ、ポキ丼(ハワイ風づけまぐろ丼)でした。

ではまた。

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神戸なのに東京電鉄(?) [モケーもろもろ]

4月1週目の週末も、デカ重モケーを持って似非神戸市民してました。

AC062344-8DCA-4B0B-9130-8DDA4833E398.jpeg(1)7日の日曜日。桜咲く隠れ家最寄駅から三宮トアロードへ。
6FCAF96C-EA28-4C63-ACCD-6FC3AC941766.jpeg(2・3)7AF7DEDE-9433-41F3-B8CF-53B71B5F6579.jpeg神戸マダム御用達の紅茶やサンの上で「花よりモケー」の変人たちがお電車走らせる。所属クラブの例会です。
58CED150-D5F4-4ED2-90BA-36EA3E53CAA2.jpeg(4)そこに昨年オクでポチったガキ時分の憧れモケー持ち込んで、東京電鉄の神戸デビューを!82C4BB9A-A4A4-409D-97D1-C43FB01B78A5.jpeg(5)さらに同じタイミングで関西のメンバーNさんがポチったこちらも参戦!てことで・・

神戸なのに東京電鉄!94610F6B-3556-42B1-AFF9-18D1929206DD.jpeg(6)Cedarがガキ鉄のころ、亡父に連れていかれて大興奮した、神田交通博物館2階の運転会シーン再現だあ!

すれ違い動画もあります→F522A665-5556-4E84-B95D-F878FF6C94D0.jpeg(7)C482B3BC-CE26-46FC-BAA5-52B37F69AD91.jpeg(8)ちなみにどちらも製造は約60年前だと思います。

ウチのは誰が見ても京急230がベースの2両、同じく京急の窓+全長拡大スタイルが1両という、435515850_1890994171346588_8224115285620908639_n.jpg(9)ま、関西のお電車とはてっきり毛色が違うデザインですが、同じ港町の横浜を走っていたよしみで神戸でも走らせました・・・非公開とはいえ、例会前夜は隠れ家線でのならし運転もきっちりやりました。




Nさん所有のこちらは、車体も塗装もウチのとは対照的な関西スタイル、435475909_1890994244679914_9183764693277632712_n.jpg(10)新京阪P-6×参急2200という、お電車好きなら納得のフリーデザイン。
27D9532A-7B05-4200-8BC9-50757722E955.jpeg(11・12)7DB4EEBF-308B-413D-A61B-A3B86A20DB84.jpeg上方のもお江戸のも、同じ東京電鉄ですからエンブレムは共通~

てなわけで、神戸トアロードで東京電鉄っていう、何やそりゃ?


ところで、Cedarがこの骨とう品をお江戸からえっちらおっちら神戸に持ってきたのは、あちこち剥げたり黒ずんだり、ひび割れてるボディ塗装のレストア方法を、お仲間の皆さんに相談したかったんでした。D94F50A0-BDC0-4877-B116-C6D39A1C28BC.jpeg(13)

60年くらい前のペーパーボディですから、ブラスみたいにシンナードボンというわけにはいかないし、

ぴかぴかに塗り直すよりは、最低限の補修でオリジナルの味わいを残したいし、

2CB034DC-A2F1-422B-8314-0C287958F196.jpeg(14)例会の前々日に某板宿のOゲージャーの先輩&クラブの世話人Kさんのお店に持ち込んで、アドヴァイスお願いしました。08B2238A-10C0-4263-B02B-1F6F8980DD12.jpeg(15)
あ、こうなる前にきちんと相談しましたよ。
で、結論としてはぁ

★塗装の黒ずみは汚れではなく、塗膜そのものが変質しているのではないか?
★なので再塗装が必要ではないか?
★単に塗り重ねると剝がれるので、従来の塗膜に#800~1000のペーパーでキズをつけて塗装の喰い付きの台を作る必要があるのではないか?

というご託宣~ひえ~~~!こりゃまたびっくりの大工事!
9BB43354-F276-43B2-A24E-316CBF78D091.jpeg(16)しかも3両も、しかも色が缶プーに無いので、苦手のスプレーガンでやらないとアカン!

9C63100B-DF0F-4FE9-8E81-B190D6C120FD.jpeg(17)6月のクラブ公開運転会には、もっときれいなお姿&内装も復活させてお披露目の予定でしたが、にわかに往く処に暗雲が!

てなことで神戸デビューを果たしてお江戸に帰還したものの、はてさてどうなることやら?

ではまた。

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京濱電鉄品川駅の遺構。 [街人鉄写真]

どこもかしこも街壊し真っ盛りのお江戸市中、その中でも鉄に縁が深いのが品川一帯のスクラップアンドビルドですね。サスティナビリティもSDG’Sもどこへやら!金と利権の狂騒曲がここでも・・
881F11C4-C7B7-4BE4-B7EE-7F1679505F44.jpeg(1)瘋癲鉄爺Cedarは、このアホ看板↑やら再開発(なんて嫌な言葉!)とやらの進展・行方にも全く興味が無いので、早晩消えるであろう「戦前の遺構」を見に行ってきました。
0F73288B-093D-4484-94BD-20B40BD1412D.jpeg(2)昭和8年、湘南電鉄直通と前後して開業したときの京濱電鉄品川高架駅ホーム上屋が、ごくごく一部残ってるのは前から気になっていたのでした。
A786355C-730B-470D-A0E0-091D27E7CF48.jpeg(参考写真=ネコ・パブリッシング刊RMライブラリー「京急230形」上巻より)雑誌に掲載された大先輩杵屋栄二様のお写真にもしっかり写っていますね。浦賀行き湘南電鉄デ1はパンタ、後ろの京濱電鉄デ51はポールという・・・インタアーバン京濱電鉄、昭和8年品川風景に痺れます。

実地検証は3月30日の都営浅草線から、ケーセー車の羽田空港行き特急で品川へE26F4AF9-0F79-4564-AF0D-459042BE43EC.jpeg(3)

年度末の休日とあってなかなかの混雑、キャラの濃い駅員さんが(写真はありません)お立ち台から名調子のアナウンスを響かせるホームから見上げると、クラシックなホーム上屋と架線ビームが。277CD7D3-740A-4164-85C7-EF53827BD3A7.jpeg(4)ビームは同時期に開通した日の出町のと似たデザインですね。
日の出町03R.jpg
(5=2011年撮)

B896F639-A5AD-40B8-B68C-2505A4099421.jpegDAD7B327-4172-40E0-BBBD-DAF09C39564A.jpeg(6・7)今残ってるのはこの3径間分のみ、上下ホームを結ぶ跨線橋が出来る前はもっと数があったような気がします。DE4F1F01-ED4B-4A70-A20F-1B3C80AFADD5.jpeg(8)今は跨線橋部分でこのように上屋ごとバッサリ!

その跨線橋を渡って泉岳寺方面行きホームへ、こちらの乗客案内は尾根遺産駅員~32013FAA-6B03-4500-9B92-34A090BF1997.jpeg(9)思わずいつものアングルで撮ったりして・・

それはともかく、こちらにもオリジナルの鉄骨上屋支柱が残っています。62E04419-52BC-48F5-83BC-EF328C49406F.jpeg(10・11)2BCCE697-0245-4DDB-8638-29EDE033B4D3.jpegそして柱の横には尾根遺産駅員(またかよ)
F0D0D455-07A7-4E26-905B-77565E2736B9.jpeg(12)こちらはもともと島式ホームなんで、支柱は戸部のものと同じスタイル、D38973D6-B2BE-47EF-9A73-63DF36B8A114.jpeg(13=2018年撮)
昭和10年ころは都市鉄道の高架線が相次いで開通し、似たデザインの上屋支持鉄柱はココ↓にも見られます。IMG_1570.jpg(14=JR神戸・2020年撮)

お江戸に戻りまして、さらにウレシイのは杵屋写真でデ51が停まっていた線路跡部分の上屋の造作がはっきりわかることです。
10FBCD79-63ED-4BB1-99F1-35FF0869A301.jpeg(15)729F18C6-4641-4648-A23C-C40EEC45EC75.jpeg(参考写真)2本の架線(ポール仕様車の折り返しのため?)を支えていた部分ですね。今の1番線には木造車デ41の姿も見えます。

4D32015E-3D07-4871-A11A-A2F0D92BA0BB.jpeg(16)ここに2本の架線があり、ポールカーが出入りしていたんだなぁ・・・・こういうのに萌える架線フェチCedarです・・・・

とかとか、架線&鉄骨フェチレポートはこんなことなんです。4DC998EF-F5B0-4B5C-AFCC-354A809F776F.jpeg(17)最長12連が発着する長いホームのほんの2両分だし、興味ない人にはホントど~でもいいレポートですねえ。

京急品川駅は最終的には地上駅になるらしい、そしてその上にはまたまた超高層ビルだと!空も狭く汐留みたいに江戸湾の空気も遮られ、高輪台地もヒートアイランドになるってことです!(参考画像=どっかのHPから)ええィもう勝手にしやがれ!どうせそのころには、オイラ生きてないかよぼよぼで歩けないかどっちかでしょうからカンケー無いし・・・
江戸時代からの高輪の風致なんか糞喰らえっ!ていう罰当たりな「交通結節点造り」だよなあ、なんて考えてたら不機嫌になってしまった。B742048E-4FAD-449D-BEDB-4D68369A6C22.jpeg(18)なので、快特で横浜までカッ飛んで憂さ晴らししましたとさ。

ではまた。



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昭和40年早春のNSE前面展望 [昔鉄写真]

先日非鉄交じりの爺婆仲間で「そうだ、箱根行こう」という話が持ち上がり、久々にOERロマンスカー時刻表なんか調べていたら、今から58年前(!)の昭和40年春の或る日、小田急NSE車の前面展望席に亡父と乗った時のネガスキャン画像があるのを思い出しました。サイズ小さいですがご覧くださいまし。

乗車区間は小田原→新宿、前後の行動スケジュールとかは全く記憶にありません。
まずは喜び勇んで着席!小田原出発直後の前面風景です。
m_s40NSE01E5B08FE794B0E58E9F.jpg(1)新幹線交差部はなにやら工事中ですね。小田原駅も今では随分変わりましたが当時は空が広かった。

m_s40NSE02E8B6B3E69F84E4BB98E8BF91EFBC9F.jpg(2)富水あたりから新松田までは直線区間が多く、結構スピードが出た記憶があります。この当時は途中停車駅も少なく(無停車だったかも?)、所要時間も今よりも短かったんじゃないでしょうか?NSEが登場した当時、新宿~小田原間60分以内を目指す!といわれてたのも今は昔のこと?・・・・。
m_s40NSE03-335fa.jpg(3)酒匂川の鉄橋上で、小田原行き急行1900の4連とすれ違い、吊り掛け車も急行に使われてた時代です。

新松田~渋沢間はカーブが続きトンネルも2か所あってスピードはあまり出ませんが、前面展望車だとタノシイ楽しい。

m_s40NSE04E38388E383B3E3838DE383ABEFBC91-5d530.jpg(4)
2本のトンネルの間で行きかった箱根湯本行き急行はHEこと2400形。CedarにとってのOER急行と言えば江の島/箱根湯本行き併結ってのが鉄板イメージです。最近のOERは10連、8連の固定編成が主力ですから時代は変わったものです。
m_s40NSE05.jpg(5)相模大野で江ノ島行きと分かれて身軽になった姿です、行く手に見えるのは最近もロマンスカーの宣伝写真に出てくる四十八瀬川の鉄橋と思われます。

m_s40NSE06E38388E383B3E3838DE383AB2.jpg(6)新宿寄りのトンネルを抜けるとアップダウンの多い相模原の台地を行く区間へ。
すれ違う電車は多くなく、各停はたしか30分ヘッドだったのでは?
m_s40NSE09-179d5.jpg(6)ロマンスカーに乗れない庶民は急行で~(急)ヘッドサインも懐かしいHE車4連の小田原行きです。直線の多い線形からして、鶴巻温泉~伊勢原間あたりでしょうか?当時は急行の停車駅も今より少なく、スピードも速かったですね。座席もロングシートながらソファ感覚の深く低いシートでした。このころは相模大野過ぎると車内で煙草吸えたんでしたっけ?
m_s40NSE10.jpg(7)やっと来ました(爆)小田原行き各停は1800、ロクサンの成れの果てを小田急風の前面に更新していましたが、最後まで異端児でした。4000との混結運用で脱線事故まで起こしてしまいましたし。

小田急ファンに人気の無いお電車でしたが、20m4ドアの導入を容易にしたのはこの電車がいたから、と言えますね。今回は登場しませんが、通勤に特化した2600系も前年(昭和39年)に新造されています。


m_s40NSE11-ead42.jpg(8)続いてやってきたのはSE車当時はオリジナルスタイルを保って、ロマンスカーの一翼を担っていました。
郊外のこのあたりでは例の補助警笛を鳴らしながらすれ違います。今回初めて気がついたのですが、前面下のは連結器でしょうか?


m_s40NSE07E7949FE794B0EFBC9F-a02e1.jpg(9)お次は御殿場線直通のDC、キハ5000でしたっけ現在の「ふじさん」の先祖ですね。特別準急という種別もユニークだったし、OERに単行列車が走ってたというのも今の人は信じないかもですねえ。

このあとも新宿まで展望室写真は続きますが。場所が一気に飛んでいます・・・普通の鉄なら見逃さない相模大野通過画像が無いのはどうしたことかぁ!
m_s40NSE12.jpg(10)どうも相模大野の手前あたりから、親子そろって居眠りしたようです(こらこら!)そんな中でNSE同士のすれ違いに慌ててシャッター切ったと思える酷いフレーミング!NSEは撮影の2年前、昭和38年に登場して、たちまち超人気となったのはご存知のとおりです。(この場所は喜多見~成城学園前ではないか?とご指摘いただきました。)


いきなり近郊区間(当時、小田急の用語でサバー区間)になりまして、2400HE車+2200ABF系列の6連の各停です。場所は経堂~豪徳寺間です。

s40NSE13-3d445.jpg(11)今は高架複々線となっているこのあたりも、当時は世田谷らしい欅の木立も多くのどかな雰囲気でした。ちなみにここは我が家の菩提寺と墓のすぐそばで、撮影者である父もそこに眠っています。
(当時中坊の自分にこんな写真撮れるはずはなく、撮影は全てCedar父です。)



当時の小田急は18m車6連分のホーム長しか無く、その一方でサバー区間と呼ばれた新宿~向ヶ丘遊園間は年10%の割で輸送量が増加していたそうですから、近郊区間各停の車体大型化は急務でした。車幅2900mm、20m4ドア5連の2600系登場も当然のことだったようです。

m_s40NSE14-93f72.jpg(12)さすがに近郊区間。正面からの応接に忙しいですね。爆発的輸送量増加の中で、茶色の旧型車も辛うじて残っていました、小田急の分類でHB車と呼ばれていた創業当時のお電車です。場所は梅が丘の新宿寄り、向こうに見える跨線橋は世田谷代田駅。今では複々線が一気に地下に潜るあたりです。
この写真をはじめ、当時は架線柱も創業当時のが普通に使われていたと今回確認(またかよ!)。昭和2年開通ですから撮影当時まだ38歳の働き盛りですものね。
m_s40NSE15 (1).jpg(13)今では地下複々線となった世田谷代田~下北沢間ですれ違うのは、SE車の特急回送。ロマンスカーのねぐらだった経堂と新宿の間に多く設定されていました。

s40NSE16新宿.jpg(14)終点の新宿に到着し、名残惜しい展望席を1枚カメラに収めました。このアングルから見ると「流線形」という表現がぴったりのデザインですね。今では小田急タクシーにしか見られなくなってしまった(爆)艶やかな塗装とともに、ロマンスカーの華やかさをかもし出していました。
m_NSE.jpg(15)

以上、58年前のNSE展望室写真~例のごとく撮影場所の記憶がエエ加減でスミマセン。


コロナ禍を経て再び賑わいをとり戻してるらしいロマンスカーですが、VSEも引退し、連接車の伝統も途絶え、車内販売も終了と、「どうしても乗りたい!」と思わせる「ハレのワクワク感」や「華」が無くなってしまった気がするのは瘋癲鉄爺Cedarだけでしょうかねぇ?

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(OERホームページより)
往復ロマンスカーで行くのか?片道はバスにするか?などとつい考えてしまうんだよなぁ・・・・


ではまた。

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架線柱フェチな似非神戸市民 [昨今鉄写真]

お電車に付き物と言えば架線、それを支える架線柱がガキの頃から好きでした。625EA9FA-0E06-4558-A974-7AFF723ADF23.jpeg(1)70超えてもコレは変わらず、こんな写真ばかり撮ってるんです・・・
ひと月前の2月24日も山陽電鉄へ、
開通100年を迎えた、旧神姫電鉄区間のオリジナル架線柱ウォッチングに出かけました。
FFDB8DD5-42BF-4377-91D7-EE4CD797D88B.jpeg(2)山陽明石から往復した結果はぁ・・
09AF262C-3E3D-4601-9001-70E65748C4A1.jpeg(3)かなーり建て替えが進んでしまいましたねぇ。99C3323A-F331-424D-876B-53A6AA68A27C.jpeg(4)なんたって開業時から建ってるってことは、これも100歳!Cedarより30歳近く年上の大先輩なんですから。


コロナ前に復刻色との組み合わせを撮った播磨町駅姫路寄りも、すでに建て替え済みでした。

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(5・6=2020年撮)
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加古川橋梁上はオリジナル架線柱が残ってます、地上区間のとは少し違うカタチですね。07FF94AC-B060-4BFF-B658-72ADF1491ED3.jpeg(7)
BAA4D6D5-7895-4330-BE21-114B8069CBDC.jpeg(8)100歳架線柱の下を110㎞で爆走する直特、楽しいような罰当たりなような・・(爆)

的形のトンネル周辺は〜お!まだ残ってる。E063E00F-75CF-41A7-9561-D8DC5DA89E68.jpeg(9)でも、ビームが架け替えられてるのがありました。

やはりオリジナルの1本ビームがよろしいようで。EB545E90-D71F-41F6-9A5D-C8CB0F22201E.jpeg(10)まとまって残ってるのは飾磨〜姫路の直線区間。途中の手柄駅の前後には、ちょいと良さげな街並みも見えました。D9F05D03-602B-41B9-B73D-B22D7777CE68.jpeg(11)せっかく1dayチケット持ってたので、オリジナル架線柱と街並み絡ませて撮影したかったなあ。F323B38F-CCDF-4515-BB8C-A6E2D833DB03.jpeg(12)

早く来ないといつ建て替えられちゃうかわからないですからね。

いつも板宿でお会いする電路関係にお詳しいお仲間によれば、ずいぶん前から曲線部分は横荷重の関係で建て替えが進んでいて、今はもう直線区間しか残ってないとか、

A8414146-14CD-468A-88C4-A61AE4B5C620.jpeg(13=2020年撮)確かに他電鉄のものより華奢な造り、横から見るともろ2D(爆)、よくある四角や三角じゃないんです。経済設計だそうで、建設当時より架線以外の架設物が増えてるのも更新の理由とか〜なるほど。38919DC2-2C12-4252-9CDA-E7C73BBFEE33.jpeg(14=2020年撮)開業当時は神姫1形がポールを振りたて爆走してたと思うと、6連直特の今まで100年にわたってよく頑張ってるなぁ!エライぞ!
191614C8-1623-4F69-9D02-A8D168CE1B00.jpeg(15)てなことで、カブリツキでエライ架線柱を眺めつつ神戸に帰り、板宿でナローな集まりに参加しました。


似非神戸市民&架線柱フェチとしては、他にも気になるのがいろいろあります。

61179965-F44D-4364-AE59-97E1A1B0A327.jpeg(16)同じく山陽の旧兵庫電軌区間に残る路面用溝付きレールの架線柱やら・・・
隠れ家近くに残ってる国鉄電化当時の鉄柱やら・・・FE8C740B-73C5-465E-AA4E-65FD6F47AC72.jpeg(17)コンパウンドカテナリーもオリジナルスタイル、JR酉(コレだけは)エライぞ。01F8B64C-5EEE-4A94-8C01-DD488E4A22A4.jpeg(18)果ては神鉄の木柱やらも気にしてる架線柱フェチ。

病が嵩じて、モケーでも架線柱&架線作って喜んでるCedarなのであります。0E53FE4C-F755-4910-8899-15AF48D2C2B7.jpeg(19)
市内にあの忌まわしい丸太ン棒架線柱がJR以外には無いのも、似非神戸市民は心休まるんですよ(爆)EC3301A2-2E16-4D46-A84F-0E604EC39ADD.jpeg(20)阪急神戸線のこの素敵な架線柱が丸太ン棒になったら、阪急なんか大嫌いになると断言します。


ではまた。



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神戸駅から元町歩き [街人鉄写真]

似非神戸市民足掛け3年になるCedarですが、JR神戸駅に降りたことは数えるほどしかありません。
229733F2-494D-4AAC-85A9-55A763C7C661.jpeg(1)私鉄や地下鉄の接続もなく、駅前もなんだか地味だし・・でも最近のCedarはこの駅近くを徘徊してます。(でもハーバーランドとかには滅多に行かない)

事の起こりは、在住お仲間にいただいたこのカレンダー。
5163ACBC-56AB-4A2B-863E-A82DAD7A9169.jpeg(2)元気だったころの神戸市電と素敵な街並み、そしてバックに描かれてるのは今は亡き神戸三越。
年明けから隠れ家の壁に貼って眺めているうちに、この場所が今どうなってるのかを知りたくて、1月某日の午後にJR神戸駅から行ってみたのでした。

目的地に向かう前に、こちらもかねて気になっていた「街貨物」=都会の真ん中の高架を貨物列車が行く神戸ならではのシーンをゲット!しようと思いましたがぁ、22724639-52E6-43FC-9C11-4E37329F3F28.jpeg
(3)ホームからだと「街貨物」なシーンになりませんねえ。ACB79756-14B8-4FAC-8B04-C09B6798B8B5.jpeg(4)ダイヤなんか調べないから、どっちからいつ来るかわからないし・・いつかリベンジすることにして駅の外へ。

で、やってきましたカレンダー絵の場所!2CD39615-D838-4F06-8203-DDA884B0B960.jpegA029D933-D4F3-4A0E-8D35-CEA53BC69A89.jpeg
(5・6)
D08CAE46-E027-423B-BDC1-BAF9B9852C0A.jpeg三越のあったところは更地になってビル建設中、そのおかげで登録有形文化財の松尾ビルの姿が見えています。
EE7995EB-0308-4ABF-BEA0-A52371F9E373.jpeg
(7・8)定点にした大井肉店は盛業中でした。895AEC67-AE30-411C-AF26-C3108F877FBF.jpeg神戸生まれの在住後輩は、父上に連れられここですき焼き食べたとか。

絵に描かれてる旧店舗は明治村に移築保存されてるのは知ってました(見てないですが)。9FF16271-99FE-4B46-BD75-B9A574EA1DAB.jpeg(参考写真)

三越の山手には、現在と同じく元町商店街のドン詰まりがあったのですが、絵ではちょうど市電の陰に隠れて見えてないですね。絵が描かれたころはアーケードはあったのかしら?AA858C3C-C179-431C-B7D4-F817299B4CB2.jpeg(9)三越の前で市電が曲ってたあたりにはこんなのがあるんですね、ここは神戸の日本橋?〜それで三越があったのか!なんてアホなこと思いました。
神戸三越って結構後年まであったらしいですが、学生時代に市電撮影に来た時になんとなく入った記憶がぼんやりとあるだけ・・
0A0B89C9-70DE-4C85-B6D7-179827F4198D.jpeg(10)神戸市電にもあまり縁がなく(そのころは京津線みたいなインタアーバンっぽい線区か、阪神間の高速電車に関心が集中してたんでした。)この近くの栄町通りのセンターポールと、神戸駅裏(?)の専用軌道の記憶しかありません、その2か所では撮影もしたはずなのにネガすら見つからないという・・s43神戸.jpg(11)手元にある唯一の写真が昭和42年、電鉄兵庫に向かうタクシーの中から撮影したコレってんですから・・・似非神戸市民にあるまじき恥過去ですね。

それはさておき、カレンダー絵をきっかけに行って見たら、三越跡地横からの元町アーケードがCedarオキニエリアになってしまいました。三宮側から続く元町商店街の西のはずれ、5丁目~6丁目界隈です。

797F78CE-F553-4694-BBB2-2F1ADAA67E8E.jpeg(12)1丁目~4丁目あたりの賑わいは薄らぎ、店も結構渋くて地方都市のアーケード感が・・・

82B717DC-17FC-4606-8A70-CE0C54B18BF1.jpeg(13)・・その中に古着屋、古本屋、昭和な喫茶店や神戸らしい中華料理店が点在してなんともエエ感じ。7E760FA7-CB31-4931-9385-AC4D0514592F.jpeg
(14・15)老舗も頑張ってますよ。AF896EC0-074B-432E-8347-8FDF23D26E3E.jpeg

最近のコースは古本屋や雑貨屋ひやかし→ランチかおやつに中華を軽く、1A8ADC42-407E-4BED-9B65-4EA62B8B06EE.jpeg
(16・17)ランチならこっち↑おやつならこっち↓CC049D01-ED77-4F17-8013-C05DE0F5C45B.jpeg

そして昭和な喫茶店で神戸新聞読みながら珈琲を、2DE73190-8872-44F5-AA7A-5EA87AC12128.jpeg
(18・19)最近はココです。62117659-50C5-489F-A3BC-74DBB86392A2.jpeg
そしてたまには、ここでマニアックな映画も観ちゃいます。62866839-EA93-4030-96B6-E958D3DA9BF7.jpeg(20)

・・・という全く非建設的・探求心のかけらもない瘋癲老人の街歩きには、この界隈の雰囲気はなんとも相応しいのでして。
2E388398-5578-478F-81BC-FAF7B03DF77C.jpeg(21)

とかとか、似非神戸市民のオキニ街歩きレポートでした。

ではまた。

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初めてのドイツ、フランクフルト。(最終回) [街人鉄写真]

2週間の欧州旅の最後はフランクフルトから帰国~
中央駅地下から空港へ、さてチェックインカウンターに向かうときに~
ぬぁんと、パスポートの入ったポーチが見当たらない!
どうやらS-Bahnに置き忘れたようです。9D15B501-1B01-4157-8191-AF1E609FC2D5.jpeg(1)
で、思いがけずってか、トーゼンってか

独り独国に居残る羽目になり、当初予定の2日後に日本に舞い戻りました。

海外一人旅の経験はそこそこあるものの、こういうのは初めてでした(当たり前だろ!)


この間のスッタモンダをざっと書くと
<11月5日、帰国予定日当日>

事態発覚→当然飛行機には乗れず→日本領事館に連絡するも日曜日で休み→外務省インフォメーションに連絡して必要な手続き確認→空港警察で紛失証明発行→ホテル手配して市内へ87BF5C08-9A62-4EAE-B87B-5503C130F807.jpeg(2)ここが結局2泊したホテル、家族経営で高齢のオーナーにとっても親切にしてもらいました。

<11月6日、待機日1日目>

朝イチで証明書用写真撮影→領事館へADEF63BF-18D2-4460-A22D-E03125DE5425.jpeg(3)帰国便の予約無しでは書類発行できない→その場で航空券ネット予約→申請書提出完了→終日フリータイム!

<11月7日、待機日2日目>

朝イチで帰国書類(渡航書)受け取り→夕方帰国までフリータイム!

ていうことで、そうなれば腹を括って(爆)2日間何したの?
やっぱり鉄。それも路面電車ですわな。
まずは待機1日目の朝領事館に向かうとき、中央駅前でこんなのキャッチAEE48987-04BE-4C83-88DB-7D5DDA405B16.jpeg(4・5)話には聞いてた荷物電車がぁ!6C805B8B-5F64-4D3A-B868-A8D0DAE884E6.jpegおお!と普通なら喜ぶんですが、幸先いいとは・・・思えなかったでした。

その2時間後、申請書類提出して領事館のビルを出たところで、やってきたのがコレ10A19105-5CDC-475B-B193-D60218499DAA.jpeg(6)昨日までは見かけなかったちょいと旧いやつ=これならアタシも知ってるDuwag形?ってんですか?なぜかROCO製のモケーが昔うちに有ったような気がします。JR酉みたいな一色塗よりもやはりツートンが似合う。
CE84FC61-804B-4C34-8335-8A39917F243B.jpeg
(7・8)領事館の前は、緑豊かな大通りをお電車行き交うエエ感じだしD5E521D9-DE08-4B69-89E5-0FF0EE40F9CB.jpeg新塗装になった旧車も走っているし
B3ECEF1B-7AE3-40B8-8B7B-A73E7BCF6786.jpeg(9)U-Bahn入口もデザインっぽいし、ところどころにパブリックアートもあったりします。
このあたりから、能天気爺はすこ~し気分アゲモードに(こらこら)。
F6B686E4-B8EB-4590-B960-B386E0B9D8E4.jpeg(10)アート&お電車撮ったり
FAC44BCA-DDEA-4242-A34B-B6B21A08C5A2.jpeg(11)領事館の入ってるトンガリ高層ビルをバックに撮ったりしました。1B605EE4-D626-4320-947A-D79D292FE4DC.jpeg(12)もう明日までは何もできない、どこにも行けない→開き直ってお電車と戯れましたよ。BF3651EA-F800-4E55-BC86-BD99FF2A1CD5.jpeg(13)午後からは空も晴れてきましたし・・
マイン川方面までぶらぶら歩いて「映画ミュージアム」行ったら月曜日で休みでやんの(爆)。
DCCAE871-1BBE-41CA-B10E-18F7463B8EE5.jpeg(14)

日が暮れて、こんな時こそドイツらしい晩飯を!とホテル近くでドイツビールとウインナー(ドイツじゃないじゃん)シュニッツェル。5824E46D-8A52-43AD-952A-ED9DA011C708.jpeg(15・16)97074749-1E77-467E-A165-F827A2D77D17.jpegこの店割と安かったし、インテリアが昔の日本のドイツ料理屋そのもので、居心地の良い店でした。

そして翌朝は再度領事館へ、「帰国のための渡航書」を入手!

1A5AAF27-CA4B-4CFB-8102-712B45B4440A.jpeg
(17)ちなみにこんなんです。(帰国後飲み会に持ってってネタにしまくりました。)

あとは夜のフライトまで、またもお電車三昧だあ!7C1B1DA6-C04A-42A7-A54F-D75890D56869.jpeg(18)ホテルに荷物預かってもらい、マイン川の向こうへ行くお電車に乗車。

アテも無く乗っていたのですが、オサレな一角を見つけて下車しました。BB0990FD-28E3-4E40-93F7-EF7B54FB221C.jpeg(19)Uバーンの駅もあるシュヴァイツァープラッツ界隈。
4B220EE9-EC73-48DD-AE93-A49F98AB9857.jpeg(20・21)並木の下をお電車が行くのがエエ感じだし、3A90E989-A65F-48DA-906F-6D2D9F148583.jpeg
狭いコーナーをキリキリ曲がって来るのもCedar好みでした。0B2B6AB1-62AB-4B1A-BB47-068F2922F2E0.jpeg54CDB3FB-BF66-45F5-9249-FADDAA0F5501.jpeg(22・23)

沿道のカフェで、お電車見ながらケーキ&コーヒーでまったりしたり、F12023D1-FCCB-4C4B-A7B4-8E080F6137C7.jpeg05AAEE32-BD67-4AE3-950C-414FFC58F4B8.jpeg(24・25)
ランチは若者でにぎわう台湾カフェで水餃子という、93F2D9A8-597C-47AF-8EE7-0BD8CC4ED153.jpeg(26)しまった、普通の観光客気分になっちまいました(反省!)
何はともあれ都心とは違った落ち着いた風景の中を行くお電車を、空港行きの時間まで・・・。1C142E81-96C0-4C69-90EC-F5ED4F1AACC5.jpeg(27)

てなことで・・ボケ老人Cedarのうっかりミスで予定外の独り独国2日間、予定外のフランクフルトのお電車でした。


※だらだらと書いてきた欧州旅話、ひとまずこれまでといたします。画像はまだありますが、以後は成り行きでテーマに合わせてアップします。

ではまた。

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